340:本当にあった怖い名無し:2005/11/07(月) 22:38:48 ID:hChw4HjV0

叔父の話。 
母の弟である叔父はケイビングが趣味で、社会人になってからも 
大学時代のケイビング部の仲間とよく山に行っていたらしい。 
未踏靴の鍾乳洞を発見したことも何回かあったそうだ。 
その日も叔父は井脇という仲間と二人で、すでに何度か足を運んだ 
洞窟に朝からこもっていた。 

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昼過ぎに帰り支度をして洞窟を出ると、井脇が少し山を歩こうという 
ので散策をしていたら山中で洞口らしきものを発見した。 
さっきの洞窟と中でつながっているかも知れないと、井脇が言ったが 
叔父はまた洞窟に入るのを嫌がった。
 
未発見の洞窟に入るには準備が万全じゃないし、二人では心もとない 
と主張したが、井脇がじゃあ俺一人でも入るというのでしぶしぶつい 
て行ったという。 
洞窟は狭く、立って進めはしたが叔父の勘ではいずれ行き止まりに 
なるような感じだった。 

ところが前を行く井脇が 
「なにかいた」 
といって足を速めだした。 
先に進むと少し広い空間があって、その下に縦穴が続いていた。 
躊躇する叔父に対して、異様な興奮を見せる井脇がずんずん降りていく。 
叔父もようやく縦穴を攻略してふたたび横穴に出た。 

すぐのところにまた縦穴があり、井脇がそこでどう降りるか思案中だっ 
たというその時、その井脇の上になんの前触れもなく低めの天井から岩 
が崩れ落ちてきて、ライトの明かりとともにすべてを押し潰した。 
叔父はとっさに身を引いて、さらに崩落しようとしていたその横穴から 
もと来た縦穴へと移りひたすら逃げたという。 
叔父をさらに恐怖の底へ叩き込んだのは、ヘッドライトが落石を受けて 
割れてしまったことだった。 



341:続き:2005/11/07(月) 22:39:22 ID:hChw4HjV0
予備のハンドライトも井脇が腰につけていたものだけだった。 
だからいったのに、だからいったのに、と頭の中で繰り返しながら光の 
差さない暗闇の中を手探りで進んだそうだ。 

はやく光の下に出たくて心は急くのに、進む速度は来た時の倍以上。 
さらに「この縦穴は来たときこんな形状だったか?」という不気味な 
想像が沸いて心臓がバクバクいっていた。 
やがて横穴に出て、あとは歩いて進める、と少しほっとした時うしろから 
かすかな足音とともにこんな声が聞こえてきたという。 
「おい、おい・・・」 
井脇の声だった。 
「おい・・・待ってくれ。体中が痛いんだ。骨が折れたかもしれない」 
井脇のその声を聞いて、叔父は足を速めた。 

後ろを一瞬振り返ったが当然暗くて何も見えなかった。 
幻聴かと思ったそうだ。 
さもなければもっと嫌なものだと思ったという。 
手探りで進む叔父の後ろを、ズルズルという微かに足を引きずるような 
音と、凍えるような息遣いが追いかけて来た。 

しっかりしろ、はやく外に出て助けを呼ぶんだ。と自分に言い聞かせな 
がら、叔父は追いかけてくる井脇の声を無視し続けた。 
「まってくれ。あしが・・・あしが・・・」 
すぐ後ろのような、遠いような、距離感のつかめない音響で声はついて 
きた。 

普通はこういう状況だと、幻聴だと思い込むより、まず助けに行くこと 
がケイビングをする者の、というか人間の鉄則だろう。 
僕もはじめてこの話を聞いたときは、憤った。 



342:終わり:2005/11/07(月) 22:42:02 ID:hChw4HjV0
しかし、叔父は見たというのである。 
あの岩が崩れ落ちてきた瞬間、消える直前のライトに一瞬照らされた 
井脇の姿を。 
確かに腹部が、生存不可能なほど潰される瞬間を見たというのである。 
だからこの後ろからついてくる声は幻聴なのだと。 

叔父はその声に「ついてくるな」と何度も言おうとして、止めたらしい。 
言うとその声を認めてしまう気がして。 
叔父は暗闇の中をひたすら手探りで出口を目指した。 
ズルズルという音と息遣い、それと叔父の名前を呼ぶ声はそれでも 
離れずついてきた。 

完全な暗闇の閉鎖空間では、自分の頭の中の創造と現実の出来事とが 
比較しにくく、しばしば幻覚のような症状が現れるという。 
あれは幻聴だ、あれは幻聴だ。 
という自分の言葉も、本当に声として出ているような、なんとも言えない 
感覚があった。 
だから後ろからついてきているモノにも、それを聞かれているような・・・ 

息が詰まる戦いの末、叔父はようやく洞口にたどり着いた。 
光の中に出て叔父は洞窟の中を振り返ったという。 
一瞬、闇の中に誰か人の顔のようなものが見えた気がしたが、それは間 
違いなく自分の頭が生んだ幻だろう、と叔父は言っていた。 

結局、井脇は崩落のあった場所で死んでいるのを発見された。 
即死という見立てだった。 
それからケイビングを一度もしてないし、これからももうやらないだろ 
う、と叔父は言う。 



山怪 山人が語る不思議な話 


 
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