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会社帰りの体験談。
全部で五日間。実体験を100%増量で事実と捏造半々でお届けします。

一日目。
この日は前日からの残業が早朝まで続き、仮眠をとってまた仕事というハードワーク明け。ふらふらだった。
椅子に座れた幸運を喜びながら、梅雨時に缶詰で臭う自分の体臭に辟易としていた。
俺の下車駅まであと10いくつだかある頃に、乳母車を抱えた女性とその旦那さんが混雑した車内に入ってきた。 
さっと立って席を開け、どうぞと手で席を指し示した。少しやつれてみえたからか、遠慮されてしまった。 
すると、すぐ斜め前にいた中学生位の子が、
やっと「ありがとうございます」と言いながら赤ちゃんを抱き上げて席に座ろうとした奥さんの目の前で、
嫌がらせのようにどかりと座った。 
車内になんとも言えない空気が漂った。 

こいつ、マジかよ。何やってんだ。最低。 
そんな視線がその子に集まり、幾人かはきつい視線を送ったあと、
自分だけではないことを周りを見渡して確認していた。 
その中学生とおしゃべりしていた友達らしき子が凄く恥ずかしそうにしながら、
「おい、お前何やってんだよ」
「何って、座ってんだよ」
「いいから立てって」
「座りたいんだよ」
返事は妙に間延びしてた。表情は空白。 
普通本気で嫌味でやるつもりだったら、悪意の一つも表情に浮かぶんだが、それがないことが逆に不気味だった。
結局、俺が座っていたのと反対側に座っていた五十代位の女性が、
「こっち、こっちさおいでなさい」と夫婦を招き、奥さんに席を譲っていた。 

二日目。
日照りのきつい日の夜。俺はこの時は結構元気だった。 
同僚と飲んだ帰りで新宿にいたので、西武新宿から電車に乗った。 
二本見過ごし、がらんとした車内の、どの席も選び放題の最前列にならべた。

上石神井の手前で見覚えのある夫婦が乗ってきた。またも車内は混雑していた。 
今日は以前よりも爽やかに席を譲ろうと思った。 

「そこのご夫婦さん。席お譲りしますから。どうぞ」 
そういって笑顔で立ち上がろうとした瞬間、頭をガツンと殴られたような衝撃が襲った。 
わけがわからなかった。何にもぶつけてない。
急速に息苦しくなって、目の前の人が使っていたつり革にすがるように手を伸ばした。 
訝しげで迷惑そうな表情をされた。
でも、膝ががくんと力を失ってしまうと、指先からも力が抜けた。 
まったくわけもわからないまま、意識がはっきりした状態で俺は倒れた。 
倒れこんだところで、俺の頭をまたぐ足が見えた。一瞬だが確かに見えた。 
車内は騒ぎになった。周りじゅうの人が俺を気遣ってくれた。 
席を譲ろうとして立ち上がったらいきなり倒れるなんて、なんて後味の悪い真似をご夫婦にしてしまったんだろう。
申し訳なく思いながら、ご夫婦に「すみません」といった。
旦那さんは俺の顔をみて「あ」と一言発した。 
どうやら、前にも席を譲ろうとしたことを覚えていたようだった。 
「いえ、こちらこそ。立ちくらみですか?急に立ち上がるとなりますよね」 
凄くさわやかな好青年といったかんじだ。渋さも併せ持ったバリトンがとても心地よかった。 
俺は立ちくらみということにして、「大丈夫です」と周りの方々に謝罪と感謝を述べた。 
この時は、俺の隣に腰掛けていた女子大生ぽい方が立ち上がって、奥さんに席を譲ろうとした。 
すると、息苦しさとずきずきと痛む頭が嘘のように楽になった。 
足が見えていた俺は、咄嗟に女子大生風の子を見上げた。彼女はなんともない様子だった。 
奥さんと俺が腰掛け、目の前の方が場所を譲って下さったので、旦那さんと女子大生さんが並んだ。 
「さっきはびっくりしました」という、女子大生のとても可憐な声が聞こえた。 
そういえば、倒れそうになったとき、腰をおもいきり支えようとしてくれたことを思い出した。 
それとともに、やわらかいものが腰に触れた感触が蘇ってきた。 
ごめんなさい。優しいお嬢さん。俺は結構野獣なんです。性的な意味で。 

三日目。
この時の俺はかなり不機嫌だった。 
讒言めいた告げ口で常務からの呼び出しを食ったせいで、残業するはめになったからだ。 
常務には、外回り中にサボりなんてやっていないと理解してもらえたが、奮然たる思いは残っていた。 
ムカムカとした気分でいると、上石神井に着いた。 
またあの夫婦が見えた。よく会うなと思いながら振り返ると、見れば階段すぐ側の立地だ。 
よくよく考えてみると、このご夫婦も結構周りに配慮がない。 
乳母車や赤ちゃんがいるなら、駆け込み乗車の多い階段側は避けるべきだ。 
それが、ひいては赤ちゃんの身の安全も守る。 
すぐに声をかけた。 
「席、お譲りしますよ」 
「え?ああ…ご縁がありますね」 
少々考えが足りないところがあるが、ご主人はとてもさわやかな笑顔を浮かべた。 
そして立ち上がろうとした時、俺はまたも気分が悪くなった。 
肩が重くなり、首筋から脳天にかけて痛みが駆け登っていく。 
奥歯まで痛みだして、なんだかテレビでみた血管系の病の症状にも似ていた。 
まさかひょっとしてと思いながら、俺は人を押しのけてこっちにやってくる巨漢をみつけた。 
巨漢は俺の肩をばしっと叩いた。
「おい、気分悪そうだぞ」 
巨漢がこう言う頃には、叩かれた瞬間から嘘のようにあの変な痛みと苦しさがひいていた。 
「ひょっとして、またですか?」
旦那さんが心配そうに言うが、なんともない。 
「いえいえ。今日ちょっと仕事場で嫌なことがありまして。人相、悪くなってたのかもしれません。 
 元の出来が悪いから、なおさらみなさんに心配かけてしまうんですよ。ははは」 
「そ、それは笑っていいのやら」 
「いつもありがとうございます」 
奥さんがうれしそうに微笑みながら、俺の空けた席に腰掛けた。 
巨漢は赤ちゃんをみて、太りすぎて腫れぼったい眼のために悪人面となった顔をたちまち崩した。 
奥さんが慈愛のこもった眼差しで見るのを嬉々として見つめた後、旦那さんを見てすっと表情をひきしめた。 
この変化を俺は変だと感じ取っていた。


巨漢は小平で下りた。俺はまだ先だったが、巨漢に続いて下りた。 
「あの…」 
「あの旦那さんにはかかわらないほうがいいよ」 
「え?」 
「ありゃ、相当なろくでなしだ」 
「…実は前にも席を譲ろうとしたら、倒れてしまって…」 
「あんた優しい人だろ」 
「いや、そうでもないですよ」 
そう言いながら、疲れてる時でも自然と席を譲ろうとする変な習性のことも思いだした。 
でも、それは優しいとは違うような気がした。なのであらためて首を左右に振った。 
「優しくなんて」
「まあいいや。俺の目にはな、あんたの霊体の髪の毛やら服やらひっぱる、四人の子供が見えたんだよ」 
「は?」
ぞくっとした。そういえば、ありもしない足を見ていた。 
「奥さんの方は、ありゃ嘘がないな。けどあの旦那さんは、ありゃ相当曲者だよ。
 やつ憑かれてて、しかもタフだから周りに迷惑かける」 
「私にはとてもそんな風には」 
そう言いながら、前に見た足を思い出して語尾が震えた。 
「憑かれてる理由も、大方あの亭主があの子供達になんかやったからだな。
 性別もわからないくらいにぼやけてたし、多分ありゃ水子だな。
 大方、女遊びしまくった挙げ句に、方方で堕ろさせでもしたんだろう」 
「……足が」
「足?」
「最初に倒れた時、足が見えて」 
「そりゃいけないな。あんた優しいから、受け入れかけてるんだ」 
「受け入れる?」

「一つの体に魂一つ。これが原則なんだよ。ツカレルってのはツカレルもんなんだ」 
「ええと」
「取り憑かれるってのは、疲労するってことだよ」 
「ああ…」
「世間一般でいう霊障とかよかおっそろしいぞ。 
 なんせ、一度受け入れたら目には見えない、自分じゃ気づくこともできない。んで疲れまくる」 
「……どうしたらいいんでしょうか」 
「しんじんは?」 
「しんじん?」 
「信仰でもいいや」 
「ああ、信心か。クリスマスには似非クリスチャンで、正月には似非神道、普段から何も信じてません」 
「じゃ、心を強く持つんだな」 
「え?ちょっと…」 
何やら医者に匙投げられたような感。 
「いや、俺もそんなかんじだし。携神様とかいりゃ、その教えを頭の中で唱えろとかいうんだけどさ」 
「ああ。投げやりにってわけじゃないんですね」
「とにかく、あんたはほんと気をつけた方がいい」
巨漢はこういって、肩をぽんぽんと叩いて立ち去ろうとした。 
「良かったらもう少し詳しくご教授ねがえませんか」
そういってみると、
「それはやめとくわ。実は俺ゲイなんでな。あんた良い男だからさ、あんまり一緒にいるとその気になっちまうよ」
「てっきり霊能者かと思いましたが、ご職業はゲイ人でしたか」 
「うははは。こりゃ傑作だ。そうそう、そんなかんじで明るくしてりゃ大丈夫。じゃあな」 
「陽気は妖気を打ち消すって考えでいいんですね」 
「あっはははは。今度からそれ使わせてもらうわあ」




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