家についた時にはもう痛みは感じなかった。 
ある感情だけが私の体を満たしていた。 
やられた。またやられた。あいつに。 
悔しい。悔しい。悔しい。 
次こそは。
何度も呟きながら、私は包丁を手に持ちベットに向かって刺した。 
何度も。何度も。何度も。

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私の部屋に人影がいるのが見えたような気がした。 
誰だ。あいつか。あいつだといい。 
私はその人影に飛び掛ろうとした時、私の体が固まった。 
その人影は健二ではなかった。 
彼女が泣きながら私を見つめていた。 
彼女の視線から逃げるように部屋を見渡す。 
ベットからは綿が飛び出していて、その綿は赤く染まっていた。 
刺しすぎて自分の手を切ったんだろう。 
私は手にしていたものを床に落とした。 
涙が止まらなかった。 
自分ではない誰かが私を乗っ取っている。 
何が私を変えたのだろう。 
彼女はぎゅっと抱きしめてくれた。 
暖かかった。ずっとずっと泣きながら抱きしめてくれた。 
私の中の殺人者が消えたような気がした。 

凶器になりそうな物は彼女が処理した。 
外に出る時はかならず彼女がついてきた。 

私は変わらない風景を見たくなかったので外に出る。 
平凡な風景を見ながら、私は何かを探すようにただひたすら歩いた。 
彼女は何も言わずついてきた。 

夜になり風が冷たくなってきた。 
私と彼女は歩道橋の上を歩いていた。 
向こうから人影がやってきていた。 
彼女が私の手を引き、「はやく逃げよ」と言っていた。 
私は意味が分からなかった。 
何を恐れているのか。
その瞬間、肩に熱い物が入ってきた。 
私は倒れた。
ナイフが刺さっていた。 
痛みは感じなかった。 
私の殺人者が目覚めたような気がした。 


ナイフを私に刺した人物が言った。 
「殺人者は簡単には死なせてはいけないよね。苦しんで死ななきゃ。
 昨日夢を見たんだ。母さんと咲弥が出てきたんだ。 
 教えてくれたよ。母さんと咲弥はトラックに引かれて死んだ。 
 お前もトラックに引かれて死ぬべきだよね」
何か熱い物が私の体を満たしていった。
殺人者は肩に刺さっているナイフを引き抜く。
やっとか。やっとこの時がきたのか。 
殺人者は健二の首を片手で掴んだ。 
何処に刺そうかと悩んだ。 
健二は必死に殺人者の腕をつかみ抵抗していた。 
殺人者は首元に狙いをつける。 
夢みたいに赤く染まるのか。 
次は何処に刺そうか。 
健二に向かってナイフを突き刺そうとした。 
彼女が私の体にしがみつきそれを邪魔した。 
やっと終わるのに。なんで邪魔するんだろう。 
体の力が抜け、ナイフが地面に落ちた。 
殺人者はいなくなっていた。 


健二は私にしがみつく彼女を突き飛ばし、私を持ち上げ壁に押し付けた。 
もう駄目。死ぬ。今助かっても、いつあいつがまた現れるかわからない。 
私は目をつぶり、抵抗するのを止めた。
車が通る音が何度も聞こえる。 
彼女にお礼を言いたかった。そう思いながら死を待った。 

歩道橋の上から下を見た。 
人が群がっていて、その視線はみな同じ方を見ていた。 
道路が赤い血で染まっていた。 
私は病院で、警官に今日のことを話した。 
「たぶん正当防衛が認められると思う。目撃者もいるし、心配することはないと思うよ」
そう言い、警官は出て行った。 
私が健二を突き落としたのだろうか。 
あの場には私と彼女と健二しかいなかった。 
彼女は突き飛ばされてから、あの場所を動いていなかったと思う。 
私がやったのか…。
無意識のうちにあいつが出てきてやったのか。 


終身刑にでもしてもらい、私の時間を終わらせてほしかった。 
一人残った健二の父親は、私を恨んでいるだろう。 
私がいなければ家族は幸せだったろう。 
私は健二の父親の家に行くことにした。 
殺してもらう事に期待を寄せて。 

健二の父親は期待を裏切った。 
私に何度も謝罪し、私でよければどんな罰でも受けます。 
そんなことを言っていたと思う。 
期待に裏切られたことがショックだった。 

最後に、彼女の様子も見に行くことにした。 
彼女は眠っていた。昨日病院に運ばれてから、ずっと眠っていたと思う。 
部屋にいるのは二人だけだった。
「ありがとう」 
部屋を出ようとしたとき、手を引かれた。 
彼女は先ほどと表情を変えず眠っていた。 
私はまだ生きていたいと思っていた。 


数ヶ月が過ぎ、女の子の命日の日に、私はある家を訪れた。 
「せっかく来てくれたんだ。出前をとったから良かったら食べて行って」
健二の父親は、手を合わせていた私に向かって言った。 
はやく済ませて帰ろうと思ったのだが、せっかくなので食べていくことにした。 

いろいろと話していたら、いつの間にか午前0時になっていた。 
「今日は時間がたつのが早いね。良かったら今日泊まって行って」
私は何故か帰りたくなかったので、その言葉はありがたかった。 

その夜夢を見た。
あたり一面に花が咲いている場所に私はいた。 
丘の上に四人の人影が見えた。 
呼んでいる気がしたので、私は丘へと向かった。 
丘には仲に良い家族がいた。 
一人の男の子が私に向かってきた。 
男の子の顔は笑っていた。
あの事件がなかったら、きっと楽しい時間を過ごしていただろう。 
悲しい気持ちになった。
私がこの子の時間を奪った。
ツインテールの似合う女の子が私に向かってきた。 
女の子も笑っていた。
この笑顔を見たら、さっきまでの悲しい気持ちは何処かに消えていた。 
女の子は私の手を握ってた。 
家族はみんな笑っていた。 
女の子の手はとても暖かかった。 

昨日の夢は、自分の都合の良い妄想のような気がした。 
見た気もするし見なかった気もする。 

朝食もごちそうになることになった。 
「昨日不思議な夢を見たよ」
私は夢の内容を聞かなかった。

「いろいろとありがとうございました」
「こっちこそありがとう」
「あの…迷惑じゃなければ、来年も来ていいですか?」 
「君からそう言ってもらえて嬉しいよ。私はいつでも歓迎するよ。是非来年も来てね」
私は家を出た。 

またあの夢を見たかった。 
自分で都合の良いように作ってできた夢かもしれないけど、また夢を見たかった。 
来年は彼女も連れてこよう。きっとあの子も喜ぶ。
走って家に帰った。


私は走って帰った。夢を見て浮かれていたのか。 
何故か早く家に帰りたかった。 

家についたら、留守電が1件入っていた。 
留守電を聞いた。声が聞こえる。 
その声が何を言っているか、その時にはよくわからなかった。 

病院につき、彼女の両親から何が起こったのか聞いた。 
車で運転していた彼女に軽自動車がぶつかってきて、いま手術中だと言った。 

数時間が過ぎ、手術室から彼女が乗せられた台を引く看護士と医者が出てきた。 
彼女には足が無かった。涙が出なかった。 
私は病院のトイレに行き、顔を洗って鏡を見た。 
「おはよう。殺人者」

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