ちょっと妙なことになってしまって、私もどうしたらいいのか・・・。 

私が小学5年生になった時のこと。 
クラス替えで一緒になった子と仲良くなり、一緒に帰るようになりました。 
学区の関係で、同じ方角に帰る子が少なかったので嬉しかったのを覚えています。 
それである日、その子に山を通り抜ける裏道を教えてもらったのです。 

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私が住んでいたのは鎌倉で、学校の近くに名前は分からないのですが山があり、 
通学路は、その山を削り取って作られた道路沿いにありました。 
大人達からは、通学路以外を歩くな、と言われていたのですが、山の中を歩くと 
清々しい雰囲気に包まれて、親にも内緒でその道を使うようになりました。 





 ある日、私はその子と喧嘩してしまって、その子は先に帰ってしまいました。 
どうして喧嘩になったのかは覚えていませんが、とにかく、その日は一人で、 
とぼとぼと、その子に教えてもらった山道を歩いていました。 

だけどなんだか切なくて、まっすぐに家に帰るのが嫌だった私は、いつもは 
直進する所を、獣道になっている横道に入っていったのです。

その獣道は左側が背の高い笹で覆われていて見えなくて、 
右側は葦が生えていて、隙間から田んぼが見える、という道でした。 
どんどんと進んでいくと、足元の感触が段々と変わっていきました。 
最初は山道特有の腐葉土っぽい、ふわふわとした感触だったはずなのに、 
途中から石畳のような、河原のような、ゴツゴツした感触になっていたのです。 
でも、見た目は黒っぽい土のままで、景色もあまり変化はありませんでした。 

延々と歩いて、ちょっとくたびれたなぁ、と思っていると、急に視界が開けました。 
そこは野原になっていました。それまでの笹の壁がぐるりと周囲を囲っていました。 
緑の壁に囲われたようなその場所には、足元にはシロツメクサやリュウノヒゲ、 
ユキノシタといった、地を這うような植物が生えていました。 

緑色の絨毯と緑色の壁に覆われたそこには、立派な門がありました。 
笹の壁で出来た広い(10畳ほど?)場所の正面に、お寺のような門がありました。 
私はなんとなく惹かれて、恐る恐るその門に近づいていきました。 
すると、触れもしないのに、まるで風に煙が流されるような軽い動きで、 
門がふわりと開いたのです。 

好奇心に駆られた私は、お邪魔します、と言いながら門をくぐりました。 

門の先には、白い玉砂利が敷き詰められて、大きな飛び石が続く、日本庭園が 
広がっていました。靄がかかったように、遠くまでは見渡せませんでした。 
私は飛び石(何故か一直線ではなく、ばらばらに置いてあった)の上を跳んで 
移動しました。白い玉砂利を踏んじゃいけない、と、思い込んでいました。 

ちょっと面白くなりながら、まだ青い葉のもみじを見ながら進んでいると、 
いつの間にかゴロゴロと巨大な石が置かれた、河原に辿りつきました。


河原の巨石には、何人もお婆さんが座っていて、こちらをじーっと見ていました。 
こんにちは! と挨拶すると、一人のお婆さんがニコリと笑って。 
「うちにおいで。疲れたろう?」と声を掛けてくれました。 

そのお婆さんに手を引かれて、来た道を、飛び石を跳びながら進むと、 
(お婆さんは普通に玉砂利を歩いていました)そこに家がありました。 
立派な大きな平屋建てで、お婆さんはその家の縁側に座るよう言いました。 

お婆さんはお煎餅とお茶を持ってきてくれました。 
お礼を言ってお茶を飲みながら、私は友達と喧嘩したことを相談しました。 
それはしょうがないねぇ、とお婆さんはただ、私の話に頷いていました。 

そのうち、喧嘩をしたのは自分も悪かったことに気付いて、 
「明日、学校で謝ります」と言うと、「それがいいよ」と言って、 
「お煎餅、食べないのかい?」と聞かれました。 
お腹は少し減っていましたが、もう夕方近くにお菓子などを食べると夕飯が 
入らなくなる私は「いいえ、大丈夫です。それより、そろそろ帰ります」と 
お茶のお礼をもう一度言って、帰ろうとしました。 

お婆さんは「もう帰るのかい?」と残念そうに言いましたが、 
「じゃあこれをあげよう」と、私にお茶を出した湯飲みを渡そうとしました。 
素敵な模様の入った白磁の湯飲みは、いかにも高そうに見えたので、 
「いいえ、いりません。ありがとうございます」とお礼だけ言いました。 

それからは来た道を辿って、ごく普通に家に帰りました。 

家に帰ると、母に遅かったわね、と言われました。もう7時を過ぎていました。 
私は寄り道したと言ったら怒られると思って、「友達と遊んでた」と言いました。 
母は「それにしてもキュロットが随分、汚れてるわねぇ」と首を傾げていました。 

翌日、私は喧嘩した友達に謝りました。その子も、謝ってくれました。 
そして私は昨日にあったことを話すと、その子も行ってみたい、と言いました。 
私は昨日のお婆さんにお礼を言いたいと思っていたので、帰りに行こう、と 
そういう話になりました。 

昨日と同じ場所で曲がって、同じ道を進んで、でもいつの間にかその子の姿が 
見えなくなっていました。名前を呼びましたが、返事がありません。 
どうしたのだろうか、と思いながらも早足に進んで、例の飛び石を越えて、 
あのお婆さんの家へ辿りつきました。 

でも、どうやらお婆さんは留守のようでした。そこで私は鞄からノートを 
一枚破って、『昨日はありがとうございました。おかげで仲直り出来ました』と 
書き残して引き返しました。友達が何処に行ったのか、心配だったからです。 

果たして、獣道に入る前の、いつも通る道の所まで戻ると、その子が居ました。 
でも魂が抜けたようにボーっとしていて、私を見た瞬間、いきなり泣き出しました。 

その子が言うには、私が獣道に入っていったのを追いかけていたら、いきなり 
私の姿が消えてしまって、その先には崖になっていた、と言うのです。

そんな筈は無いよ、と私が言うと、その子は「確かに見た!」と答えました。 
「じゃあ確かめに行こうよ」と言っても聞かず、「行っちゃ駄目!」と 
強く止められて、「うん、じゃあもう行かない」と約束しました。 
一度人と約束をしたら絶対に守る性格の私は、二度とそこへは行っていません。 

ところが先日…もう10年以上経ってから、私に郵便が届きました。その子からでした。 
『お湯飲みを預かってます。(私)ちゃんに、と』 
その子宛に『私に渡すように』と、湯飲みが送られてきたそうなのです。 
差出人名も、相手の住所も、神奈川県鎌倉、の先はぐちゃぐちゃに滲んでいて、 
何も読めない状態になっているのだということです。 

これは受け取っていいものなのでしょうか? 色々と調べてみると、 
私はマヨイガか、下手をすると彼岸に行っていたように思えるのです。 

お盆休みになったら、その子も地元(私は今も鎌倉在住)に戻るそうなので、 
その時に渡すね、と手紙には書かれていました。 

何故、わざわざ県外に就職したその子に届けられたのか。 
本当はあの日、その子は何かあったのではないか? 
崖云々は方便ではないのか? 色々と考えてしまいます。 

親にも内緒にしていますし、こんな妙な相談は誰にも出来ません。 
どこかの言い伝えに、似た事例は無いものでしょうか? 

以上、長々と失礼致しました。


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