前編はこちら



YはT字を右折しながら振り向いた。 
視線が私から私の後方へずれて行く。 
振り向いた顔が一瞬こわばる。 
「なあぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」 
Yが大声で叫びながら坂道を下りて行く。 
その大声にビックリした私も、T字を右折しながら振り向いた。 
何も無い?

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私も振り向いたまま、自転車は坂道を下り始める。 
T字の街灯の光に何かが入って左の方へ抜けた。 
何?靄?影?プレデター?
・・・判らない。なんだか判らない。 
イノシシのようなモノの形で光を遮り、その形で空気が歪む。 
そして、それは滑るように左折して坂道を登って行った。 
見えたのはほんの一瞬。 
私も全力で自転車を漕いだ。 
怖い!怖い!怖い! 



ついに見た!初めて霊(?)を見た! 
Yが見たのはこれだったと理解した。 
Yには私が彼女と会話している時から、彼女の側らにいるアレがはっきりと見えていたのだ。 
あれは彼女に取り付いていたモノだったのか?
だから彼女は暗く、言動がおかしかったのか?
一気に今までの事を理解した気になった。 
体が震えてる。 
その時、急にペダルが軽くなった。 


目の前に、広い道路と交差する十字路が見えた。 
交差点にラブホテルの看板があった。
『左折1km』
Yが怒ったような声で私を大声で呼んだ。 
「おい!今日はラブホに泊まるぞ!絶対に泊まるぞ!」 
2人は同時に左折した。 
上り坂だったが、やはりペダルが軽い。 

ラブホテルの駐車場にママチャリを2台停め、荷台にカバンを括り付けていたロープを一気に解き、ラブホに飛び込んだ。 
受付は男性だった。
「自転車旅行中に体調が悪くなったので泊めて下さい!お金はあります!」 
受付の男性は、「自転車?若いなぁ」と呟き、笑いながら、
「男同士は基本的にダメなんだがな、いいぞ。5800円だ」と、快くOKしてくれた。 
私達は2400円づつ払うと、男性は布団一式と目覚し時計を用意してくれた。
そして「特別に一番高い部屋に泊まらせてやる」と言い、私達は最上階にあるメチャ広い部屋に通された。 
受付の男性が、部屋を出る時にビニール袋を置き、 
「これはやる。あと、好きな時間にチェックアウトしていいぞ」と言い残し出て行った。 
ビニール袋の中身は、缶ビール(500ml)4本と菓子パン数個だった。 


明るい光の中で見たYの顔色は、真っ青というか、ダンボールのような色をしており、表情は怒りに震えているようだった。 
2人は無言でビールを開け、一口飲んだ。 
その途端、Yは溜まっていたもの一気に吐き出すように捲くし立てた。 
「お前だ!お前が悪い!何を考えてるんだ?!信じられない、馬鹿だ!!お前の所為だからな!!!」 
酷く興奮したYに、私はなだめる様に話し掛けた。
「だって、あんなのいるなんて知らなかったからさぁ。あの女が・・」 
私が話すのを遮るように、Yがさらに捲くし立てる。 
「女?なんだ?あれは、ババァだったか?!ババァのお化けか?!
 それとも、単なる黒いボロ布をかぶった普通のばあさんか? 
 いや、普通のばあさんが、あんな速度で追いかけて来れる訳ねーだろ! 
 お化けか?!幽霊か?!つーか、人間の形じゃねーだろ?! 
 あんななんだか判らないモノに声を掛けるなんて、お前はキチ○イだ!! 
 おまけに、なんだアレの声は!『左だぁ!左だぁ!』って叫びやがって。
 アレの声が響くたび、頭が割れるようだったぞ!! 
 あそこで右に行ってなかったら、絶対殺されてたな!!つーか食われてた!! 
 お前が偉かったのは、あそこで右に曲がった事だけだ!!」 
Yは肩で息をし、缶に残ったビールを一気に飲みほした。 


 ババァ?黒いボロ布?『左だぁ!』と叫ぶ? 
私はYが言ってる意味が判らず、きょとんとしていた。 
私が見たのは白い服を着た若い女性で、『・・・右です』と消えそうな声だったはず。 
おまけに彼女はかなりの美人で、瞳だって・・・えーと、目は・・・ん?
あれ?どんな目だったか思い出せない・・・。 
大きな二重?切れ長な一重?
鼻は?口は?
髪型や服装は思い出せるのに、肝心な顔がまったく思い出せない。 
たかだか20分前に見た人物の顔が思い出せない。 
あんなにジロジロ見ていたはずなのに・・・。 
も・・・もしかして彼女も?? 
そんな訳は無い!だって、彼女は透けてなかった。 
あんなにハッキリ見える幽霊っているのか? 
背筋を冷たい汗が流れる。





~後日談~ 
次の日、Yは妙に元気がよく、朝からエロチャンネルを見てはしゃいでいた。 
元気なYは、「早く海が見たいなぁ」とやる気マンマンで、ラブホを飛び出すように出て、私達は海へ向かった。 

旅行中、私は意図的にあの時の話をしなかった。 
結局旅行は、茨城県大洗海岸まで数日かけて行き、そこで4泊した後、行きと違うルートで東京まで数日かけて帰った。 

旅行の3日後、『現像に出していた写真が出来た』とYから連絡があり、
旅行の思い出話をするため、Yとファミレスで待ち合わせた。 

私は自転車のルートを一緒に確認したかったので、関東マップを持参していた。 
私達は、写真を一枚一枚撮った場所を関東マップで確認しながら、その時の話を笑いながら話し合った。 
私は写真をめくる度、あの時の恐怖が鮮明に思い出されて来ていた。 


私の手に持つ写真は、千葉駅付近のパルコ前で撮った写真。 
この写真をめくると、次の写真は、アノ時のYが大声で歌っている写真が出るはずだ。 
私の手は少し震えており、写真をめくるのを躊躇していると、Yがあっさりと写真をめくった。 
次に出てきた写真には、朝ラブホの前で満面の笑みのYと引きつった笑いの私が写っていた。 
あれ?あの時の写真が無い!
私はYに、あの時の写真が無いことを告げると、
Yは「あの時?歌ってた?」と、何を言ってるか判らないという素振りを見せた。
私は「1日目の夜中に、道を聞いて怖い思いをしただろ?」と言い、
千葉県内陸のページを広げ、あの時のあの道を探した。
道はあったが、どうもおかしい。地図上の距離が短いのだ。 
あの時、一本道を2時間以上走り続けたはずだ。
なのに地図では10km程度しかない。いくらなんでも短すぎる。 


そんな私に、Yは「1日目に道なんか聞いたっけ?」と答える。とてもとぼけてる風ではない。
私は「覚えてないのか?」と言い、地図をYに向け説明した。 
「この辺りで、お前の地図を見たのが8時頃だろ。この旧××道に入ったのは9時頃。
 ここまでは、覚えているか?」
Yは「そう!そう!」とうなずき、使えない地図を持ってきた事を笑いながら謝った。 
私はさらに続けた。 
「で、ラブホがあったのはこの辺だろ。ラブホに着いたのは何時頃だった?」 
Yは頭を掻きながら、「たしか、12時過ぎてたよなぁ」と言い、首をかしげた。
私は、 
「俺達は、この間の3時間何をしていた?たったこの距離を、3時間もかけて走ってたんだぞ! 
 1時間で行けるような距離を、3時間かけて走り続けてたんだぞ! 
 その間の事を覚えてないのか?その時の事を、ラブホで俺に怒りまくっただろ?! 
 いいから、ちょっと写真のネガを見せてみろ!!」 
Yは「俺、3時間も何をやってたんだ?なんで、俺はお前を怒ったんだっけ?」と呟きながら、写真のネガを取り出した。 
私はネガを窓にかざした。 
そのネガには不自然な所があった。 
パルコ前での写真とラブホ前での写真、その間にある写真1枚分の空白。 
1枚分だけ感光してしまったかのように、綺麗に真っ白だった。 



あの日、私だけが見た“彼女”の姿。Yだけが見た“黒い何か”の姿。 
あの日の出来事を立証する物は、Yが持つ“1枚分感光してしまったネガ”と“私の記憶”のみとなった。 

あれから7年以上経ち、先日結婚式にて久しぶりにYと会った。 
2次会であの日の話題を出したが、Yの記憶は封印されたままだった。






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