自分は北海道の道北地区に住んでいる。 
昔から言い伝えられている話しを一つ。 

道北地区にある寺のすぐ近くの切り立った崖の上には、巨大な岩がある。 

昔、身篭った妊婦がいた。夫は漁師をしており、近海で取れた魚貝で生計を立て、貧しいながらも幸せな暮らしをしていたそうだ。 

ある晴れた日の事だった。いつもの様に漁に出た夫。妻は家で帰りを待つ。しかし、待てども待てども夫は帰らない。 

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痺れを切らした妻は、夫の仲間の元へ足を運んだ。 
しかし、仲間内でも、帰らない事を疑問に思っていたらしい。 
天気も良く、波も穏やかなのに。 
もしかしたら、事故に遭ったのかもしれない。 
仲間の数人が、夫を探す為、船を出した。 
数時間経つも、仲間も、船も帰らない。 
妻は、近くの寺で仏に祈りを捧げていた。 





やがて船が帰ってくる。 
夫はいなかった。 
男が言う。 
「嵐がくる。今日はもう駄目だ。」 
そう言うやいなや、雨が降る。 
妻は、喚きながら夫を呼ぶ。寺から出ようとした。 
男達の制止を払いながら、山の上に駆けて行った。 
雨は強くなり、風が吹き荒れ、雷鳴が轟く。 
妻は山の上から、高い位置から夫の船を探すつもりだった。 
山の、いや、崖の上にある巨大な岩の上に立ち、辺りを見回す。



雨と風で立っているのがやっとだ。おまけに身篭った妊婦の体力は、もはや限界にきていた。夫を呼ぶも、風に掻き消される。 
嗚呼…。愛する人よ。 

妊婦の身を心配した男達は付近を探した。 
しかし、妊婦はいない。 
崖の上にいたはずの妊婦がいなかった。 
家にも帰ってない。嵐の過ぎた翌朝の事だった。 
崖の下に、烏が集まる。 
ぐちゃぐちゃに割れた肉塊の中から見える、小さな肉塊が烏に啄まれているのを、男が見つけた。 
それ依頼、嵐の晩に岩の上で泣き叫ぶ女の霊が出るという。 







という訳で行ってきた。 
この町は、雨は多いが、嵐はめったにこない。 
八月の晩、珍しく強い雨が降った。これを好機と思い、車を出した。 
家からその場所までは車で20分ぐらい。 
雨も風も強い。 
雷が鳴り始めた。絶好の条件だ。 
間もなく場所に着く。 
今は道がなく、登る事は出来ない。 
車の中から、崖の上の岩を見上げる。 

数時間たつも、なんの変化もない。馬鹿馬鹿しくなり、帰ろうと思ったその時だった。 
雷の光りに照らされ、何かが見えた。 
見間違いか? 
車から出て、出来るだけ近くに行く。 

いる。何かが間違いなくいる。 

岩には草木はない。見間違う筈がない。雨に濡れながら、見続けた。 

ゆらゆらと、何かが揺れている。 
今までにない興奮と恐怖が身を巡る。 
ゆらゆらと、くねくねとそれは揺れている。 

違う。女なんかじゃない。女でも男でもない。あれは人間じゃない。 
そう感じた瞬間だった。 
目が合った。 

奴の姿はあやふやで、顔なんか見えないのに、間違いなく目が合った。 
その瞬間、恐怖が体を支配し、すぐに車に戻り家へ急いだ。 

その日は濡れた体も拭かず布団に潜った。 


翌朝、天気も良く、暖かいのに、昨夜の恐怖が抜けない。 
誰かに見られてる。 
怖い。怖い。 

やむを得ず、その崖の近くの寺の住職に相談した。 
「見たのか?」 
「…はい。」 
「馬鹿もの!」 
住職は顔を真っ赤にして声を張り上げた。すぐさま、誰かに電話をかけた。 
「お前は憑かれた。今から祓うから、これに着替えろ。」 
と白い装束を渡され、言うままに着替えた。 
軽くパニックに陥ってた。 
住職は何か準備をしてる。自分は狭い部屋に入れられた。 
「待ってろ」 

しばらくしてから、住職と二人の坊さんが来た。 
自分を中心に三角形を描くように座った。 
「お前は目を閉じてろ、何があっても目は開けるな」 
目を閉じた上から目隠しのようなものを巻かれた。 
すぐにお経が聞こえた。 
気を失ったのか、寝たのか、そこからの記憶がない。 

気付くと、目隠しは取れていて、住職が言った。 
「もう大丈夫だ。二度と馬鹿な真似はするな。帰れ。」 

自分は何故か泣いていた。 






 
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