霊道だかなんだか知らないが、俺のマンションはよく出る。
大学に入ってしばらく経ったある夜のことだ。
ベランダの方から「ドガッ!!」って何かがぶつかる音が聞こえた。
鳥かなんかがぶつかったか、と思いながら、カーテンを開けた。

鳥じゃなかった。手だった。




ベランダの縁、手すりの部分に巻きつくように手がかかってる。
ベランダの壁はコンクリだから、手の甲から手首にかけてしか見えない。
俺の部屋は3階。人がよじ登れる場所じゃない。
だが、不思議なもので、叫んだりはしなかった。

もし、何かしらの事情で生きている人間がぶら下がっていたら・・・。 


放っておいたらそいつは確実に落ちる。逃げるのは確かめてからでも遅くない。 
そんな考えが浮かんだからだろう。 
俺はベランダに出て、ぶら下がっている奴を確かめてみることにした。 
恐る恐る、手のかかっている部分から下を覗き込む。


結論から言うと、やっぱり人間じゃなかった。そもそも、ぶら下がっていなかった。
そいつは地面にしっかりと足を付けて、伸びた手だけが俺のベランダを掴んでいた。
ずっと下の方で見上げている顔と目があった。
ニヤニヤと笑っている気がした。

ここで限界が来た。
ありえない。ありえない。ありえない。
パニックになりながら、家を飛び出た。転がるように近くのファミレスに逃げ込む。
友達に電話し、助けを求めた。友達はすぐ来てくれた。
恐怖も薄らいできたので、友達と連れ立ってマンションに戻る。
外からベランダを見てみる。あいつはいない。
ホッとしながら部屋に戻った。
友人がいるのは心強い。俺は部屋のドアを開けた。
ふと違和感を感じて、自分の掴んでいるノブを見る。
暗い部屋の奥から伸びた手が、玄関のドアノブを掴んでいた。

あいつ、入ってきてる。


俺は呆然とその手を見てた。
「閉めれ!!馬鹿!!」
友達の大声で我に返って、大急ぎで扉を閉める。
ノブが狂ったようにガチャガチャ動いた。
俺と友達は身体でドアを押さえつけながら、鍵をかけた。
しばらく叩いたり引っ掻いたりするような音が響いていたが、それも止んだ。
二人で顔を見合わせる。もう部屋に入る気にはならない。
友達が泊めてくれるらしいので、そいつの部屋に移動した。
1泊して、気分が落ち着いた。昼間って事もあるから、強気に出れる。
俺は部屋に戻ることにした。毒を食らわば皿までだ、と友達もついて来てくれた。

扉を開ける。部屋の中には誰もいなかった。
友達は一泊してくれるらしい。ありがたい。正直、一人で夜を過ごすのは無理だ。
結局、何も起きなかった。

ただ最近、気になることがある。
あんなことがあったから、無理矢理結びつけて考えてるだけだとは分かっている。
でも、不安は拭えない。
たとえば、換気扇のダクト。水道管の中。排水溝の奥。
そんな人の入れない隙間。
そこから、引っ掻くような音がする。
その音があの時ドアを引っ掻いていた音に聞こえて仕方ない。

もしかして、俺はあの手に囲まれて生活しているんだろうか。


 
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